「顕正会の本尊はニセ本尊だ」と主張する人の不都合な真実

顕正会自宅拠点の本尊がニセモノである決定的証拠 115%も拡大印刷している!という動画を作成している樋田昌志さんという人がいますが、この方、日蓮正宗の法華講員の方だそうで、創価学会や顕正会、正信会等の破折には絶対の自信を持っているそうです。

で、この方の動画のファンだという方が知人におりまして、上記の動画もその方から教えてもらいました。

その動画ページを見るとコメント欄に小此木啓吾さんという方から、「この動画で言っていることは『悪魔の証明』と同じでは?」という趣旨のコメントが入っています。実はこのコメント、続きがあるのに、動画のup主が当該コメントを非表示にしているらしいんですね。
非表示にしているってことは、そこに何かしらの不都合な指摘があるのだろうと思われます。くだらない内容だったんなら、掲載した上で反論しておけば良い話ですもんね。
動画の内容も、どちらかというと名誉毀損罪に当るんじゃ無いかなーと思いますね。論理的に考えれば、憶測で決めつけているので…

というわけで、非表示になっているそのコメントのスクリーンショットを頂いたので、ここに貼り付けておきます。コメントが表示されたら、この記事は削除します。

樋田昌志氏作成動画に対する、非表示になっているコメントのスクリーンショット

以下、書き起こしです。

小此木啓吾

「一体も無い」は「悪魔の証明」と同じで検証不能でして、決定的証拠にはなりません。もっと別の証拠を出して頂けると面白いと思います。

191932 m-brownie22

宗門側には下付した本尊の全記録(写真記録だそうです)があり、また、脱会幹部が提供した物証としての顕正会版無開眼密造ニセ本尊の現物と宗門が保有する本物との比較により判明しているのです。樋田さんも「実際に測った」と動画内で言っているんですがね?

小此木啓吾

全記録があるというのは初めて知りました。ありがとうございます。寸法を測ったのは動画を見れば分かります。しかしそのご指摘を受けた上でも、私が記載した意見を変え得るだけの根拠にはなっておりません。
改めて考えて頂きたいのですが、その全記録が本当に全記録である、というのは記録した側の主張であって、客観的に証明できる証拠にはなり得ないのです。また寸法の比較にしても実物を比較しただけであって、それが開眼本尊かどうかという客観的証拠にはなり得ません。私は貴殿や樋田さんの主張を、判断材料がないので否定も肯定もいたしませんが、「悪魔の証明」と言っているのは「開眼本尊ではない」「顕正会の本尊は宗門には存在しない」と証明する事は論理的に不可能だという事を指して言っているのです。別のアプローチを取るべきではないでしょうか。

191932 m-brownie22

@小此木啓吾氏。そんなこと言っていたら何も解決しませんよ?あなたは自身の意見を決定して発言することから逃げているのが解る。似非相対化邪義を吐き垂れながら逃げ続けて、正邪を立て分けることのできない典型的な「決められない日本人」の特徴です。
顕正会は宗門から破門されている、即ち、切り離されているので正規本尊が下付されません。にもかかわらず、新品としか見えない文字曼荼羅が会館や自宅拠点の増設とともに増えていく。信心してなくったって、顕正会の自称本尊は「無開眼密造/変造猛毒ニセ本尊」なのだと解ります。

顕正会には御僧侶がいない。開眼供養は信徒である在家にはできないし、してはならないのです。そういうことを理解したくないなら仏教徒になるべきではありません。

仏教の本尊はそれが文字曼荼羅でなく、仏像・仏画であっても開眼する。そうしないと使えないというか祈りは通じませんし、魔という形状不明・視認不可の高危険度超常的存在がその無開眼本尊擬きに巣食い、祈る人や周囲の人々に害を齎す。別のアプローチなんて甘いことを吐き垂れていても事態は変わらない。

小此木啓吾

御高説は有難い限りですが、日蓮正宗の本尊がすべて「開眼済み」とは初めて聞きました。『諸記録』には大石寺貫首が開眼・認可した記録のない本尊が多数掲載されているそうであり、私はそのうちの1つだけ、その記録を所持しています(他には6~7幅?)。
「仏教の本尊はそれが文字曼荼羅でなく、仏像・仏画であっても開眼する。そうしないと使えない」とは、根拠は何でしょうか?それが事実であれば、日蓮正宗は仏教では無いという事でしょうか?

小此木啓吾

話が横道にそれたので、追記します。

宗門から破門されている、即ち、切り離されているので正規本尊が下付されません 。

これは事実でしょうか?特に「正規本尊が下付されません」のところですね。私は「新品としか見えない文字曼荼羅が会館や自宅拠点の増設とともに増えていく」ので、むしろ宗門から下附されているのだと思えます。

「そんなことあり得ない」と言われたところで、実物があるので普通はそう考えます。

創価学会がニセ本尊を発行しているのは、証言している人が多数いるので事実だと思いますが、顕正会の場合は「ニセ本尊を発行している」というのは憶測であって、その実物があるからといってそれが決定的証拠にはならないです。前言(前決定等)を撤回せずに現実の対応だけ修正している事なんて、日蓮正宗では日常茶飯事ですよね…

小此木啓吾

だから私が「別のアプローチ」と言っているのは、日蓮正宗から正規の御本尊を流出させている犯人を捜した方が確実なのでは?という意味でした。たいへん興味深いです。
「宗門で下附していないはずの御本尊がある」が、イコール「ニセ本尊を発行している」にはならず、むしろ逆の現象…つまり顕正会が正しい御本尊を下附されている(あるいは「下附されていた」?)、という証拠にもなり得るって事ですね。ですから、その「実物」は「決定的証拠」にはなり得ないです。
あと、たとえば「開眼供養は貫首にのみその権限がある」と言われたところで、歴史的にそうではないのですから、現時点でそうしている(でしょ?たぶん)のは単なる信徒統制の手段にしか見えないです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です